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男と会話が成立しない!上手に話すコツとは?【解答:男同士でも意思の疎通できてないよ】

『宮本から君へ』(1)新井英樹著

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「女らしさ」は奴隷育成プロジェクト☆

すごく怖い話なんですけど、ブルデューによればこういう自然に湧き出るような女らしさこそ、もっとも厄介な女に対する暴力だと言うのです。

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象徴的な力というのは、直接、魔法のように、いっさいの物理的拘束の外で身体に行使される権力の一形式である。

しかしこの魔法は、ちょうどバネのように、身体の奥底に仕込まれた性向を拠りどころとしてはじめて作用する。

この魔法が、まるでスイッチが入ったかのように、すなわちきわめて弱いエネルギーの放出によって作用しうるのは、男性や女性のうちに教え込みと身体化の作業によって設置されている性向を起動させればよいからであり、前もっての作業の結果として、彼ら彼女らが魔法にとっかかりを与えるからである。

引用:『男性支配』ピエール・ブルデュー著

たとえば「女らしくしろ」って言いながら子どもを育てるだけで、人口の半分を潜在的な奴隷として育成することが出来ます。

なぜ刻々と変わる女らしさの定義が、いつも「男じゃないこと」に集約されるかと言うと、それは「男の面倒を見る人」という意味だからです。

凸と凹がぴったりはまるように、男は女といるだけでいい気分になるように、どちらもいい塩梅にプログラムされています。

男は人の話を聞きませんが、女はみんなの話を聞きます。

男は足を開いて出来る限り場所を取って座りますが、女は足を閉じて体を縮めて座ります。

男女が一緒にいるだけで、「男らしさ」「女らしさ」が発動し、男はどんどん付けあがり、女は一方的に奪われます。

女らしさは、男に呼応して自発的に奴隷化するよう、長年かけて仕組まれるワナだと言うのです。

マナーや「らしさ」に組み込まれると抵抗できなくなる

さらにブルデューは、しつけや教育など、小さいころから性格として奴隷属性を埋め込まれてしまうと、抵抗することが絶望的に難しくなると続けます。

被支配的な(ジェンダー、民族、文化ないし言語の観点からみてハビトゥス、すなわち身体症状化された社会関係、身体化された法則へと転換された社会的法則の受難は、単純な意志の努力、解放へとつながる意識化にもとづく努力によって中断できるものではない。

象徴的暴力が意識と意志という武器だけで打ち負かせると信じるのは完全に錯覚である。

というのも、象徴的暴力の有効性の効果と条件が、性向というかたちで身体のもっとも内密なところに、持続的に組み込まれているからである。

引用:『男性支配』ピエール・ブルデュー著

つまり、ヘンだな、嫌だな、私なんか損してるって思ったとしても、男をいい気分にする属性が人格とかマナーに刻み込まれているため、抜け出せないのです。

男に利用されるのはイヤ!と思っても、やっぱり控えめに笑ってスカートのすそを直し、小さく場所を取らないように座ってしまいます。

男と一緒に住めば、いつの間にかかいがいしく世話を焼き、ニコニコご機嫌取りなどしてしまいます。

でも男は女に対して「快適だな」と思うだけで、絶対同じようには返しません。

こうして男は罪悪感すら感じずに、暴力すら用いずに、女をゲットするだけで快適な自我と生活を手に入れられるような仕組みになっているのです。

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絶望の中で低位安定してしまう

こういう「女らしさ」「男らしさ」に絡めとられて、抜けられない支配/被支配関係の蟻地獄を歌ったのが、森田童子の「ぼくたちの失敗」に歌われる世界なのかなと思ったので、最後にご紹介したいと思います。

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森田童子は1970年代を中心に活動していた女性シンガーソングライターで、メジャーでは売れることなく1983年に引退。

しかしその10年後、ドラマ「高校教師」のヒットをきっかけに、「ぼくたちの失敗」は当時90万枚も売り上げる大ヒットを記録したそうです※wikiより

この「高校教師」というドラマがまたすごくて、今はAmazonHuluで見られるんですけど、父/教師から少女への性的虐待、恋愛関係がテーマの壮絶なストーリーでした。

ぼくたちの失敗」は1976年発売なので、ヒットしたのはなんと発表から17年後ということになります。

歌に込められた腐乱した絶望が昇華したような透明感は、実にこのドラマにマッチしていました。

主人公の女子高生・繭は、父の女になることを強要され、その関係から抜け出したいと思って新人の男の教師に助けを求めるのですが、父親との愛憎の泥沼からなかなか抜け出せません。

優しくて面倒見がよく、情に厚くて人懐っこいのです。

また、虐待から逃れたとしても、結局教師の世話をしながらかわいく懐に収まることが期待され、救いがありません。

福祉が正常に機能していないこともさることながら、繭の女らしくて、男にぴったりハマってしまう性質も、絶望的な状況に拍車をかけます。

結局「女らしい」人はどこへ行っても、誰かしら男に熱烈に所望され、ずぶずぶと泥沼にハマってしまうのです。

ワンオペ育児の歌かよ


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春の木漏れ日の中で
君のやさしさに埋もれていた僕は
弱虫だったんだヨネ

引用:『ぼくたちの失敗』作詞/作曲 森田童子

家事も育児もやりたくないからやらないくせに、言い訳がましく「これがオレなんだ、不器用でゴメン」とズルさを正当化する男。

ぬるく安定していく過労気味の生活の中で、絶望する女の顔が目に浮かぶような歌ですよ!

「春の木漏れ日」って、女性の優しさとか献身によって提供される、穏やかな家庭生活のことなのかな、と解釈しました。

そして「やさしさに埋もれ」ていた僕が「弱虫」だったのは、なーんにもしなくても女がかいがいしく働いてくれるので、ちょっと罪悪感感じつつも、便利で動きたくなぁいって気持ちなのかなと。

純愛とか言いながら、きっと繭と羽村(教師)も結婚して、こういうパッと見普通、中身絶望の沼にはまるのですよ。

分担したいって言ってるのに、一緒にいるだけで女が過労になるの、本当「ぼくたちの失敗」ですよね。

プログラムの失敗。

地下のジャズ喫茶
変われない僕たちがいた
悪い夢のように 時がなぜていく

引用:『ぼくたちの失敗』作詞/作曲 森田童子

子供が出来て社会との接点が薄くなって、本当に悪い夢でも見てるみたいなのに、変われないし抜け出せない。

「地下のジャズ喫茶」を、家庭という、社会から閉ざされた空間と解釈しました。

そして「変われない僕たち」とは、「男らしさ」と「女らしさ」がピタッとはまって、男女の力関係が不平等になっていくのをよくないなぁと思いつつも、なかなか変えられない様子を。

「悪い夢のように 時がなぜていく」とは、育児・家事などに女が疲れ果て、男女のあいだに決定的な溝が出来ていることは意識しつつも、子供はまだ小さく、出口の見えないトンネルのように家庭の営みは続いていくことを表現しているのかな、と思いました。

一時期話題になった、ムーニーのワンオペ育児の炎上CMにそっくりなコンセプトですね。


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まとめ

まとめ
  • 男同士でも、あんまりうまく会話できていない
  • 対話出来ない男は多いけど、「女らしい」とうまく対応できてしまう
  • 「男らしさ」と「女らしさ」を一緒の部屋に入れると、女は奴隷になる
  • 地獄が完成すると、関係を破壊しない限り抜け出せない
  • 人格が根底から変わらない限り、女として生きてるだけで搾取の対象
  • 「女らしさ」は奴隷育成プラグラム
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