人さらいの鬼の正体は家父長制における男性性。キャラメルは権力の香り。考察:『この世界の片隅に』

こうの史代『この世界の片隅に : 下』

こうの史代『この世界の片隅に : 下』

第二次世界大戦中の広島県呉を舞台にした家族の物語、『この世界の片隅に 』

圧倒的な力で人々を飲み込んでいく戦争。生活の厳しさにあえぎながらも、日々の幸せを愛おしみながら支え合って生きる人々の優しさを描きます。

しかしこの作品、ただのほのぼのマンガではないんですよね。けなげな笑顔に隠された弱者の残酷さやズルさを、冷ややかなまなざしでえぐり出してもいるのです。

Kindle Unlimitedのライブラリでおすすめされて何気なく読んだ『この世界の片隅に 』。丁寧に読むととんでもなくて、この2日間で4回くらい連続で通しで読んでしまいました。

せっかくなので今までにわかったことをシェアしてみたいと思います。

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人さらいの鬼は家父長制の象徴

前回、主人公・すずは、女性差別に苦しめられながらもイエ制度の中に居場所を求める女だと書きました。

こうの史代『この世界の片隅に : 下』遊女リンの苛酷な状況に無理解なすずは弱者のまま加害に加担していた。考察:『この世界の片隅に』

イエは人々に結婚を強い子どもを産ませたがるけど、養えるメンバーに限りがあるんですよね。誰かの席が空けば、別の誰かの居場所が安定する仕組みになっています。だけど、死ぬと嬉しいその「誰か」とは、同じ家族のメンバーだったりするんですよね…。ぶるるっ

今回は物語の冒頭に登場する、人さらいの鬼について考察してみたいと思います。

結論から言うと、私はこのバケモノをイエ制度(家父長制)そのもの、もしくはそこから派生する男性性だと解釈しました。

では順を追って詳しく見ていきたいと思います。

鬼=鬼ぃちゃん(すずの兄)=家父長制における父(男)

すず自作のマンガには、すずの兄が戦地でワニと所帯を構え、彼女にあげる贅沢品を取ってくるために旅に出るようすが描かれています。ワニの不自然な女装は、彼女がすずの兄に従属していることを示しています。おなかに右手が添えられているので、もしかしたら妊娠しているのかも?

黒いフードをかぶりカゴをしょったその姿は、物語の最初に現れる人さらいの鬼とそっくり。このバケモノはすずの兄だったのです。

すずのマンガにおいて、兄は家父長制における男性の役割を体現する存在。鬼ぃちゃんは南の島で他の兵士と進軍中、襲かかってきたワニを打ち負かします。

(↑ブンブン振り回しているけれど、引っ張るのはこの物語では「好き」のサイン。)

そしてそのワニ(女)を使役して自分の家を作り、彼女と所帯を構えます。↓

女を天然資源とみなし、暴力で支配して自分の世話をさせ子供を産ませるのは、まさにイエ制度における男性そのもの。この時代の男性は多かれ少なかれ、誰もがそういう家父長的な男らしさを持っていましたが、兵士である兄と水原はすずにとってマッチョの象徴でした。

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さらわれた子供はイエ制度の養分にされる

では、再びすずが鬼にさらわれたときの話に戻ります。

すずは兄の代わりに中島本町の「ふたば」という料亭にのりを届けに行くのですが、道に迷ったところを鬼につかまえられてしまいます。カゴの中には先につかまった少年、周作が大人しく座っていました。

自分の意志に反してとらえられ、男女が同じ空間で過ごさなくてはならないようすは、「イエのための結婚」のメタファー。

すず「…どうもおじゃまします」

周作「わしの家とちがう」

こうの史代『この世界の片隅に : 上』

不本意ながら一緒に過ごすことになって、肩身がせまそうに挨拶するすずに対し、ムッツリとした表情の周作。結婚式の日の二人の様子とそっくりです。

「わしの家とちがう」というセリフは、結婚が自分の意志ではなくイエの都合によっておこなわれることを表しています。イエさえなければ周作は、遊女のリンと結ばれたかったのですからね。

イエ制度はこのように、若い世代に結婚を強制し、女に子を産ませることで成り立っています。だからイエ制度(鬼)は自分が生き続けるために、子供(若い世代)を養分として取り込まないといけないんですね。

鬼(イエ制度)の存続を願う周作

また、鬼に対するすずと周作の反応は、それぞれイエ制度をめぐる男女の心情に対応しています。

 すず周作
鬼に理由を聞く?
しつこく聞く。聞かない。自分たちをさらう理由を知りたがるすずをとがめる。
鬼に抵抗する?鬼から借りた望遠鏡でなぐる。ナイフを持っていたが無抵抗。
鬼をどう思っている?人さらいがばけものと気付いていないが、知恵をしぼって逃げる。食べられそうになったのに、「夕飯がないとかわいそうだ」と眠る鬼の手にキャラメルを握らせる。

イエ制度によってタダ働きさせられ、子を産むことを強要される女性は、折に触れてその状況を疑問に思います。しかし男性は「世間はそんなもの」と、女性の口を封じたがるんですよね。

男性はイエ制度が少々理不尽であったとしても、メソメソ不満を漏らすだけで変える努力をしません。それどころか周作は鬼にキャラメルを与え、まるでその存続を願っているようにさえ見えます。

ここに出てくるキャラメルは、物質的豊かさや経済力の象徴。周作は鬼(イエ制度)が自分に力を与えることを知っているのです。自分より強い男からいびられるのはイヤだけど、イエ制度のおかげで遊女に金を払えば恋愛気分が楽しめるし、黙っていても女が配給され無償で奉仕してくれる。こんなラクなことはないですからね。

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少女は権力の甘い香りに憧れて

周作は貴重なキャラメルを、どうせ親がまた買ってくれるからと鬼にあげてしまうんですよね。それに対しすずがどんな反応をするかと言うと、「豊かさっていいなぁ!!」なんですよね。鬼から逃げた後、リンは自分と兄妹の分のキャラメルを買って、うっとりとその香りを胸に吸い込みます。「権力の香り!」↓

その権力の源泉が自分のタダ働きだなんてまだ知らないすずは、物質的豊かさにただただ憧れてしまうんですよね。そりゃあ誰だって、おいしいものを食べて温かい布団で寝たいもの。

そもそも、道に迷ったとは言え、鬼に声をかけたのはすずなんです。『この世界の片隅に 』では、引っ張るのは「好き」のサイン。

この記事の上のほうに、すずが鬼の肩に乗っている絵を載せました。前回も書きましたが、すずは積極的に制度に乗っかって、出来るだけ安全に過ごしたい気持ちが強い女なのです。

すずは器用で損得勘定がきっちり出来るタイプ

物語の中では義姉の径子の小言がうるさくてわかりにくいのですが、すずはかなり器用なタイプなんですよね。裁縫以外、家事全般をそつなくこなせることもそうですが、北條家にも土地の主婦グループにも、どちらにもすぐにスッと馴染んでいます。手先と処世術が下手なのは、本当は義姉の径子のほう。

だから結婚だって貧乏な水原より経済的に安定した北條家を意識的に選んだし、自分の居場所を確保するために子供を欲しがっていたのです。

北條父と周作が広島まで「すずを嫁にくれ」とやってきたときにも登場したキャラメル。箱詰めになった3段のキャラメルは、北條家が裕福な家庭であることを示しています。

すずはまずキャラメルで経済力をチェックしてから、北條父の話し方から文化水準の高さをチェック。最後に周作の顔を見て「これはイケる!」と晴着をかぶってやる気モードになっていたところ、道に迷った北條親子とばったり出くわします。

視線の動きからして、すずは全然ぼんやりしているタイプじゃないんですよね。どこのイエに嫁ぐかで自分の運命が決まってしまうのですから、値踏みして当たり前。だけど、こうまざまざと描かれるとエグい!

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イエ制度が戦争を招いたのか

野生のワニをつかまえて、自分のためにタダ働きさせる鬼(兄)。彼が旅に出たのは、実は物質的な豊かさを与えて、女に理不尽な従属を受け入れさせるためだったんですよね。

(↑男はこれから略奪にいくのに、わざわざ「メデタシメデタシ」って書いてる! 底意地が悪いゾ!)

人口の半分を経済的に自立出来なくさせたら、国全体が苦しくなってモノが足りなくなって当然。その解決策はなんだったのでしょうか?

そう考えると、人さらいの鬼はイエ制度が戦争を招くことを批判して描かれたのかも知れませんね。

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