大森靖子「VOID」。ぽっかりあいた胸の穴。必死で搾取を「恋愛」だと思い込もうとする男の歌。

VOID

VOID

大森靖子の「VOID」。ちなみにvoidは英語で、名詞だったら「空虚」「すき間」「むなしさ」という意味。

この歌、「熱くならない大人の恋愛を知った男の歌」とか、「恋に翻弄される切ない男の苦悩を代弁する歌」と解釈する男性が多いようです。

だけど、女の私にとっては「家庭に問題のある若い女を自宅に泊めることを”恋愛”だと思い込もうとして、彼女から”愛情という名の無償の感情労働”を得られない虚しさにさいなまれる男の歌」に聞こえちゃうんですよね。

大森氏は天才で、男と女、どちらの立ち位置を選ぶかによってストーリーがガラッと変わる、二重構造の歌を作るのがうまいです。しかも驚くべきことに、どちらの立場から聞いても泣けるみたいんですよ! 男はおそらく「理不尽な恋愛の切なさ」に、そして私は「男と見えてる景色が違いすぎる」ことに絶望して。

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計画的に搾取しているのに恋愛風にしたがる


家をぬけ出して僕の部屋においで
君のこと なんも聞きはしないから
僕じゃ満足できなかったなら 明日忘れていいから
I WANNA BE YOUR PINK PINK ROLLING STAR

「VOID」作詞作曲:大森靖子  

「VOID」の冒頭の部分です。女の私から見るとこの数行だけで、虐待など事情があって家から逃げたがっている女に対して、男が「困っているなら助けてあげる」と誘いかける情景が目に浮かびます。

出会い系なのかも知れないし、もしかしたらツイッターとか掲示板などで、家出少女に声をかけている常習犯なのかも知れません。

どっちにしろ相手の苦しい状況をわかった上で待ち構えて、自分の部屋に連れ込もうとしています。”家をぬけ出して””(事情を)なんも聞きはしない”というフレーズから、相手の女が追い詰められて自分の部屋に避難しにくるということを、男はよくわかっている模様。

にも関わらず、「僕じゃ満足出来なかったらすぐ忘れていいよ」と謎の譲歩してきます。ここで、卑怯なすり替えが2つ行われています。

そう、まず女をわずかな見返りでセコく利用したがっているのは自分。なのに急に、まるで自分が利用される立場みたいな顔をしはじめるんですね。”僕は君のピンクローリングスターになりたい”って、たぶんブルブルする大人のオモチャのことですよね(汗)

つまり「僕をモノ化して利用するのは、お前のほうなんだ」と、自分の嫌な部分を女に転嫁させているのです。そんなことしても自分の卑劣さはなくならないのに、「僕」がどこまでも主観的でいてよい「僕の部屋」では、そういうデタラメを批難する人はいません。

そして、女の求めるものが「うちから逃げる場所」だとよくよくわかっているはずなのに、またスルっと「自分の肉体やテク」にすり替えて、搾取を割り切った恋愛風に都合よくねじまげて解釈しています。

この「お互い様だろ」と言って加害を透明化したがるあたり、本当リアルでよく見る感じ。わずか数行でここまであのいやらしさを再現できるなんて、大森氏の表現力の高さに脱帽!

ちなみに男の人が聞くと、このAメロ部分は「超自己評価の低い男の底抜けな優しさ」を歌っているように感じられたりするそう。

男は相手が自分を全然好きじゃなくても「恋愛」って思えるの

笑わなくっても 余裕で天使さ
愛したふりして 抱きしめてくれたら
VOID ME VOID ME VOID ME

「VOID」作詞作曲:大森靖子  

基本的にこの歌は男の視点から話が進み、女側の心情は一切語られません。ですが、このサビの歌詞から女が男にまったく笑いかけないし好意も見せないようすであるのがわかります。

普通に考えると、演技さえする気が起きないような男を抱きしめるのは拷問です。だけど、男は女に行き場がないのをわかっているので、”愛したふりして 抱きしめて”欲しいと迫ります。この状況を「恋愛」だと受け取れる男性リスナーの感性に、私は絶望しちゃうんですよね。

つまり、男は女の側に強制力が働いてても「恋愛」だと思えるし、女が微妙な表情で嫌がっていそうでも、肉体さえ”天使(女)”ならやって自分の空虚さを埋める糧にしてしまえるんだなぁって。

もしかしたら女に嫌われるのを当たり前に思っていて、嫌がられても女と関わることさえ出来れば「恋愛」なんだ、ぐらいに思っているのかも知れません。この調子じゃ、たぶん金払ってやることも監禁することも全部まるっと「恋愛」としてしか認識出来ないですよね。

じゃあ、男にとって恋愛を定義づけるものって何かというと、「相手が自分のそばにいること」だけなんじゃないかという気がしてきます。パッと聞くと究極に謙虚でロマンチックにも思えるんですけど、自分のテリトリー内に女が留まればどんな理由でも「よし」とするって、もはや虫とか飼うのに近いですよね。

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自分の加害性から目を背けるための認知の歪み

どうせ僕のこと BABY
女友達に話さないでしょ
生きてる意味は
言葉を持たない蟲でも知っている
確かめあうのはナンセンスだよな

「VOID」作詞作曲:大森靖子  

主人公は今見てきた通り、女が自分に対して好意も性欲も向けてこないってわかってるんですよ。だけど、それを認めてしまうと自分の加害性に向き合わなきゃならなくなるから、どうしたって「お互いにやりたかっただけ!」ということにしたいんですね。

だから、そっけない女の態度をムリヤリ「計算高く男を利用する女」と解釈して、恨みっぽく”どうせ僕のこと女友達に話さないでしょ”と言うわけです。不適切な行為をしているのは自分なんですけど、立場が弱く文句を言えない女にまた自分の悪い部分をなすり付けて、自分は「不器用で優しく弱い男」でいようとするんですね。

イヤな気分になるから罪悪感は感じたくないし、嫌がる他人をいじくりながらヒーローのように人助けの気分も味わいたいのです。

認知の歪みは無意識で発動する場合が多いようですが、ここまでくると意識的なんですよね。必死で自己像をウソで塗り固めようとするようすが、外からでもわかると思います。というのは、認知の歪みを発動させると現実との間に色々と矛盾が生じてくるので、不自然な言動が目立つようになるからです。

この場合は、”確かめあうのはナンセンスだよな”というセリフですね。

たぶん”蟲でも知っている””生きてる意味”は性行為のことだと思うんですけど、虫同士みたいに無言で味気ない感じだったんでしょうね。で、感情労働まではしてくれない女を責めたいと内心思うものの、そんなことしたら女から「私の弱みにつけこんどいて何言ってるの」と現実を突き付けられて、せっかく浸っていた恋愛気分を壊されてしまいそうですよね。だから、「お互いの気持ちを確かめるなんてナンセンスだ」とクールぶってモニョモニョ自分に言い聞かせているのです。

「僕」を「僕ら」に出来れば安心して外に出られる

ロマンチックな夜の飾りで
運命ぶった情けない僕らは
VOID ME VOID ME VOID ME

「VOID」作詞作曲:大森靖子  

人々の人権意識が向上し、また経済的にも貧しくなってしまって、現代はもう恋愛結婚して妻が専業主婦になるというゴールに、ほとんどの人がたどりつけなくなりました。しかし街にはいまだ永遠の愛を象徴するイベントや”飾り”にあふれ、形骸化された”ロマンチック”をキラキラと虚しく盛り上げます。

そもそもゲームのように釣り上げた女相手に、”運命”なんて口走っては自分でも自分の正気を疑うけれど、それを恥じる必要はもうないんです。だって曲がりなりにもいたしたから。どんなに貧しいまぐわいだったとしても、やりさえすれば胸の孤独はかりそめにふさがり、”僕”を”僕ら”と呼ぶことが許される。

”僕ら”という呼び方は、主観的でいられるのが”僕の部屋”だけではなくなったことを表しています。今は自分に所属する女を得たので、彼女が”僕の部屋”がわりになり、外の世界においても安心して独りよがりを貫けるのです。

”僕”は不完全だから単体ではあまりにも情けなくて直視できないけど、情けない”僕ら”はむしろ味わえる。女を得た余裕がなせるわざ。

彼は選ばれし者(チェリーからの卒業を果たした)の余裕をまとい、女を盾にして自分の矮小さをニヒルに嗤ってみることさえ出来るようになりました。男は女を所有すると、他の男から認められたように感じて心の安定が得られるのですね。

主人公が苦しかったのは女(愛)が得られないからではなくて、誰かを支配出来ない自分を不完全であると感じることとか、同性からの侮蔑の目に他なりません。

男の劣等感と自己嫌悪の解消に今でも女が使われていて、主人公が目を背けたがっていてかつ女から隠したい真実は、それなんですよね。

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家父長制に対する男の葛藤

嫌われたくない ひとりになりたい
だけどさみしい ウソつかれたくない(傷つかれたくない)
VOID LOVE VOID LOVE
これが僕らの幸せさ

「VOID」作詞作曲:大森靖子  

ここが一番この歌の中で熱い部分で、男心をすごくくすぐるみたいです。

「他人と深い付き合いをしたいけど、近づきすぎて傷つくのは怖い。だからいつも距離を取って孤独よね。この名状しがたい地獄の苦しみ、よく代弁してくれた!」みたいな。

確かに大勢の中にいても孤独を感じるのは、多くの現代人が抱える問題。だけど本当にそれだけなら「苦しい、叫びだしたい、狂いだしそう!」みたいな感情にはあんまりならないんじゃないかと思うんですよ。実際の歌を聞いてもらえるとわかるんですけど、このサビってまくしたてるような衝動的な感じで歌われるんですよね。

だけど、たとえば私だったら「相手を傷つけないように、適度な距離で付き合おう。でもそれっていい面もあるよな」という受け取り方をします。さみしさはあるけど、この歌に歌われるような抑えきれない激情やいら立ちとは違います。

想像ですけど、このサビが男性の心にクリティカルヒットするのは、家父長制を真正面からふるえなくなったのに男性性をもてあます自分にシンクロするからじゃないかと思うんですよ。映画の「葛城事件」のお兄ちゃんを思い出します。

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少し詳しくみていきますね。

”嫌われたくない”

あからさまに古くさい女性蔑視を巻き散らして、女に嫌われて孤立するおっさんにはなりたくない。

”ひとりになりたい”

だからといって、女を対等な人として扱うことも上手に出来ない。まともな人間関係を結べないから、もう女と関わりたくない。そういう自分のチェリーな葛藤をバカにされたくないから、同性の前でも堂々と振舞えない。

”だけどさみしい”

家父長制の影響のせいで、白を黒と言ってくれる自分より下位の存在とセットになって、はじめて安心を感じられるような人格形成をしてしまった。自他境界が未熟な男女が、共依存的な関係をずっと続けるための仕組みが心に埋め込まれていて、そのせいで女への渇望とさみしさにとらわれてしまう。

”ウソつかれたくない(傷つかれたくない)”

内心イヤイヤ男に尽くすような女じゃなくて、自分から従属するようなガンギマリの女が欲しい。自分のために妊娠したり職を失ったりして、真心を見える形にして欲しい。

”これが僕らの幸せさ”

”私”の意見とかもう口にしないで欲しい。もう君は”僕ら”の一部になるんだから、ただ黙ってかわいく笑ってて欲しい。(相手の人格を認めないという究極の暴力!)

 

こうしてみると、男もまた女とは違う問題にとらわれて、すごく苦しいんでしょうね。傷をなめ合う仲間も得られず、問題について考えることさえ負けみたいな、出口のなさを感じます。

責任はイヤでも支配したい→買おう

友達でもない 恋人でもない
もしかしたらもう二度と会うこともない
VOID LOVE VOID LOVE
何もないよりマシだから
何もない=なんかしたい

「VOID」作詞作曲:大森靖子  

宮台真司さんも昔本でうっとり語っていた気がするんですけど、男の人の中には「友達でも恋人でもない刹那的な肉体関係」に特別なロマンとか純粋な愛を感じる人がいるみたいなんですよね。二人は変性意識だとかいう異空間を共有してなんちゃらって。

でも私の感覚で言うと、友だちにもなりたくない男に触りたくありません。近づかれるのもムリ。そんなグレーな関係はまず生まれないし、あるとしたら買われたり脅されたり、構造暴力でガンギマリにさせられた場合のどちらかです。どのケースも心を深くえぐり取るので、吐き捨てるような大森氏の歌声は、私の怒りを代弁してくれているように聞こえます。

”何もない=なんかしたい”ってつまり、「正統な家父長制のやり方で心も身体も支配することが出来なくなったから、金を払ってせめて一時的に支配したい」ってことだと思うんです。けど買うことで自分の醜さを突き付けられて、虚しさは増していくんですよね。

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まとめ

まとめ
  • 搾取や暴力を雑に恋愛にくくってしまう。
  • 卑劣さを女に転嫁して、罪悪感や自己嫌悪から逃れようとする。
  • 性欲で誤魔化そうとするが、劣等感と自己嫌悪から生まれる支配欲。
  • 女という盾兼チケットがなければ、自分を見つめることすら困難。
  • その空虚さは家父長制に植え付けられたのか、それとも…